■「基準が違う」 入寮初日に痛感した厳しさ
新年度を迎えました。新生活が始まった方、入学式を終えたばかりの方も多いと思います。今回のコラムでは、私の大学時代について書いていきます。
私が卒業した亜細亜大学は「日本一厳しい野球部」とも言われています。4年間過ごした卒業生としては、「間違いなく日本一厳しい」と断言できます。
実は入学が決まるまで、私は亜細亜大学硬式野球部について何の情報も持っていませんでした。私の母校、大阪桐蔭高校は寮生活で携帯電話が認められていなかったので、情報に触れる機会が極端に少なかったんです。当時は東京六大学と東都の違いやリーグが一部と二部に分かれていることさえ把握していませんでした。
亜細亜大学への入学が決まり、その厳しさを知る人たちからは「よく自分から、あんなに厳しい環境を選んだな」と言われました。その時は、「そうか、厳しいのか」くらいに軽く考えていました。
亜細亜大学の厳しさは入寮初日に知りました。全体練習後に自主練習でマシン打撃を勧められ、30分ほどバットを振っていました。そろそろ終わりかなと思っても、なかなか終了の声がかかりません。結局、休憩なく1時間半打ち続けました。高校までとは基準が全く違うと痛感しましたね。
亜細亜大学時代にプレーした思い出の地・神宮球場
■1日の半分は野球 量も質も「日本一の練習」
練習は量も質も桁違いでした。野球部員は他の生徒よりも授業のコマ数が少なく、平日でも丸一日練習するケースが多いんです。練習は朝6時から始まります。7時まで練習して朝礼や朝食、生田勉監督のミーティングを終えて、午前9時半に全体練習がスタートします。午後3時までチーム全体で練習し、そこから自主練習に入ります。夜8時頃まで自主練習するので、1日のうち半分は野球をしている感覚です。
自主練習は文字通り、何時までやるのか、何をやるのか自分で決められます。周りの選手が夜まで練習するので、全員がやらざるを得ない雰囲気です。場所はグラウンドもウエイト場もどこでも使えます。ただ、グラウンドにいる監督やコーチにアピールできるように、指導者が見えるところで打撃や守備の練習をしている選手が多いです。
練習は量だけではなく、質も追求しています。例えば盗塁の練習では、走者をしていない周りの選手も指をさしながら、「バック」、「ゴー」と大きな声を出します。守備や走塁はもちろん、声出しでも誰かがミスするとチーム全体の責任となり、グラウンドを走るなどペナルティが課せられます。
これは、入部したばかりの1年生がミスしても例外ではありません。部員は1学年30人前後いるので全体で100人を超える大所帯です。これだけたくさんの部員がいるとどこかで気を緩められそうですが、練習中は常にピリピリして緊張感がものすごかったです。
■課題を翌日に持ち越さない ミスは連帯責任
試合でのミスも連帯責任でした。1人の選手がバントを失敗したら、試合が終わってからグラウンドに戻って全員でバント練習します。夜に2時間バントだけ練習した時もありました。亜細亜大学では「課題が見つかったら、その日のうちに潰す」が口癖になっていました。
バント練習をした翌日の試合でバントのサインが出た選手は、失敗する怖さと戦います。自分がミスしたらチームメートを巻き込んでしまうので責任重大です。でも、そのプレッシャーに勝てる選手にならないといけないんです。
リーグ戦で相手に勝ち点を取られた時は地獄でしたね。1日に2、3試合を戦ってからグラウンドに戻って、真っ暗な中で全体練習が始まります。試合に勝つか負けるかは雲泥の差。とにかく負けたくない気持ちで必死でした。
亜細亜の厳しさは伝統として根付いています。「戦国リーグ」と言われる東都で何度も優勝し、プロで活躍する選手も多数輩出しているのは、日本一厳しい練習があるからだと思っています。
亜細亜大学4年生でキャプテンを経験
■寮でも緊張感 監督の言葉には生きるヒント
下級生の頃はグラウンドだけではなく、寮でもずっと緊張感を保っていました。寮の部屋は各学年1人ずつの4人部屋です。上下関係がきっちりとしていて、1年生の役割はたくさんあります。
まずは、起床です。1年生が一番に起きて、先輩たちを起こします。寝坊は絶対にできないので深い眠りにはつけません。朝のルーティーンにはごみ捨てや部屋の掃除などがあり、寮に放送が流れた時はすぐに部屋の外に出て内容を聞き取って先輩たちに伝えます。放送はミーティング時間の連絡をはじめ、監督やコーチ、選手から様々な内容があります。大阪桐蔭高校でも寮生活でしたが、同級生の3人部屋なので部屋にいる時は気持ちが休まりました。
グラウンドも寮も厳しい環境で毎日を過ごしていましたが、野球部を辞めようとは一度も思いませんでした。それは、野球の技術以上に人生に生きる学びが多かったからです。
私の土台は亜細亜大学で築かれたと考えています。生田監督のミーティングには生きるヒントが詰まっていました。例えば、会食に行った時は相手を観察したり、何気ない雑談をしたりして好みを知るように教わりました。どんなお酒が好きなのか、どんなブランドを身に着けているのかを把握しておくことで、相手と盛り上がる会話や喜ぶプレゼントを準備できます。
■社会に出て実感 怒ってもらうありがたみ
相手の情報がないままお金や時間を使っても、有難迷惑になってしまう可能性があります。どんなにおいしいワインをプレゼントしても、相手がダイエット期間で禁酒していたら歓迎されませんよね。野球でもチームメートの特徴や考え方を知った上で付き合っていけば、信頼関係は深まります。生田監督には野球を通じて、社会で生きる金言をたくさんいただきました。
私は4年生でキャプテンを務めたので、生田監督と接する機会に恵まれました。監督室に呼ばれて、唐突に「きょうは、どんな練習をするんだ?」と問われたこともありました。普段とは違う質問をされるのは、いつもの流れとは違う練習を望んでいるためです。私は、その狙いを予測しながら練習メニューを提案しました。
生田監督は最終的に、質問や発言の意図をしっかりと話してくれました。「なぜ、あの場面で、この言葉を選んだのか」など、常に学びながら実践していました。時には厳しく怒られましたが、理由を説明してもらえるので嫌ではありませんでした。
大学を卒業してから、怒ってくれる存在へのありがたみを実感します。特に今、事業の柱で「野球経験者に特化した就職・転職サービス」を展開する中で、先輩や上司から怒られずに会社から評価される社会人が多いと感じます。改善点や反省点は指摘されないと分かりません。何も言われずに評価を下げられるのは理不尽ですし、働くモチベーションを失いかねません。